『Barometz』オフィシャルインタビュー
「健全な修正期間だったのではないかなと思いますね。
煮詰まって、道が逸れてしまってから、再び歩きやすいような土台を作るために3年くらいかかって。
私が一番欠けていたのは、今一度、音楽を楽しむというところだった。
だから、まず自分が音楽を好きになる、ワクワクすることを思い出すことが必要だったんですね。
そのためにいろんなことを試してみて、何が自分にフイットするかを探し続けていた感じでした。
あまり褒められた様ではなかったかもしれないけど、自分の内側で解決しないと前には進めなかったんですよね」
もう4年半前になる。
2016年3月にリリースされた9枚目のアルバム『頂き物』を以って、
安藤裕子はデビューから13年の月日を共にしたレコード会社を離れた。
当時、「だんだんと私小説の重みに潰されてきていて、
とにかく足を止めなければという感覚が強い」と語っていた彼女自身が決めたことであった。
同アルバムのツアーを終えた彼女はレコーディング作業を本格的に休止。
その期間は約1年半にも及んだが、ライブ活動は継続しており、
2017年6月には友達であるSalyuとの思い出エピソードをもとに作った
優しくてオーガニックな楽曲「雨とぱんつ」をライブ会場とオンラインのみで限定販売。
デビュー15周年のアニバーサリーイヤーである2018年6月にはセルフプロデュースによる、
短編小説付きの4thミニアルバム『ITALAN』を自主製作盤としてリリースした。
「音楽プロデューサーで作曲家でもあるShigekuni(DadaD)くんとトオミヨウくんと
3人でブラッシュアップしていく過程がすごく楽しかったんですよね。
『ITALAN』は自分が好きな音を探す作業だったんだけど、
もう1回、光明を見出したというか、音楽を作るのがとっても楽しいなって思えたことが大きかった。
ただ、やっぱり人前で歌いたいという思いもあるので、
次は自分が歌手として歌うっていうこともやりたいなと思って。
自分が楽しむ音探しをしながらも、もう少し歌ものとしてのメロディも大事にしたいなと思ってましたね」
同年8月に小編成の「ITALAN CHIBIBAND」を伴った全国ツアーを行い、
9月には実に4年半ぶりとなる通算10枚目のアルバム『Barometz』の最初の曲となる楽曲が誕生している。
それが、Shigekuni作曲によるフォークロック「箱庭」と自身作曲の「一日の終わりに」の2曲である。
安藤自身が久しぶりに作曲まで手掛けた「一日の終わりに」は
「ギターの練習をしながらアルペジオで作った」という6/8拍子のラブソングで、
次第に熱を帯び、スケール感が拡大していくサウンドスケープが特徴的だ。
「夜に一人きりで作った時はすごい小声のファルセットで歌ってただけだったのに、
ミュージシャンが演奏してくれた途端に力強くてソウルフルな曲に変わったんですよ。
2019年に入って、イベントのたびに歌っていたんだけど、楽器が増えていくたびにどんどんデカくなっていったんですよね。
アレンジをしていくのではなく、ライブで育った、弾いてくれたミュージシャン全員が育ててくれた曲だったし、
もう1回、自分が再生する道のりを刻んでいった曲でもある。
歌詞は、もっと自分を費やしたいなっていうものが溢れ出してるというか。
人の生活ってつまらないじゃないですか。起きて、仕事して、帰って、ご飯を食べて、寝る。
たまに飲みにいったり、旅行に行ったりする。
そんな他愛もない日常を破るような景色は、やっぱり恋心だと思うんですよね。
1日の終わりに思い浮かべる人がいるだけで
——例え実際には会えないとしても——
本当の意味で孤独じゃないし、なんかロマンチックだなと思って。
そういう風に、このアルバムでは、失恋してる曲もあるけど、ちゃんと恋をしてる人間模様を見せたいなと思ってましたね」
「恋が始まらない、至らぬ人々」を描いてきた彼女が、
「箱庭」のMCでは「男の人が主人公の恋の始まりの曲」と解説し、
「ここで出会った男女が一夜を共にして欲しいという願いを込めて作った」
と呼びかけていたことが印象に残っている。
「4枚目のアルバム『chronicle.』で第一期の幕を閉じて、
第二期ではどんどん、生きるか死ぬかばかりを歌うようになっていて、重みが増してしまったんですよね。
死生観を背負いすぎてる自分から離れるために3年かかって。
このアルバムが第三期の始まりかな。
今、いつ暮らしが壊れてもおかしくないめちゃくちゃな時代に入ったけど、
それでもみんな、日々を営んでいかないといけないでしょ。
第二次世界大戦だろうが、スペイン風邪が流行っていようが、過去の先人たちは暮らしを営んでいたわけで。
どんなに苦しい生活していても、みんなどこかで恋をしたり、夢を見たりしてきた。
そうやって日々の幸せを掴んでいく感覚があるし、だからこそ、ドラマのような恋や夢を見たいなとも思っていますね」
アルバムに収録された全12曲中、共作を含め6曲の作曲をShigekuniが担当。
「人の提供で自分らしさを失っているということは全くなくて。
逆により個人的な安藤裕子が出せたなと思ってる」
と語る彼女自身がワクワクするための「サウンド探し」の役割を担ったのがShigekuniであるとするならば、
「大衆性」という役割を担ったのがトオミヨウである。
「トオミくんは『僕は安藤裕子に歌謡曲を歌って欲しいんです』って言ってくれて。
『曇りの空に君が消えた』は、部屋を出て行ってしまった前の彼女が忘れられない女々しい男の人が主人公なんだけど、
これまでの安藤裕子がやってきたシティポップ感のある歌謡曲の王道が表現できているし、
アルバムの間口を広げてくれたと思いますね。
もう1曲、トオミくんがやってくれた『空想の恋人』は、最初はもっと普通のポップスだったんだけど、
自分がワクワクする為に変化をつけたくてTKくん(凛として時雨)にお願いしました(笑)。
TKくんには『タイムトンネルで時空を越えてくれ』っていう無理な発注をしたんだけど、
彼が弾くとアレンジとか関係なく、TKくんの曲になるんだよね(笑)
歌詞は、毎夜毎夜、夢の中だけで会える人の話。大人になって現実的に考えたら、恋なんてできないじゃないですか。
社会生活もあるし、足を踏み込めなかったりする。
でも、夢かな? くらいの曖昧さで捉えられたら恋ができるかもしれない。
そもそも恋をするって夢見がちなことではないかなって思うんですよね」
「ちょっと惚けてしまってるような危なっかっしい大人の恋の世界」を描いたという「Little bird」
連絡のこない彼氏のことを思う女性がミュージカルのように歌う「Tommy」
カリブ海を舞台に、包容力のあるセクシーなおじいちゃんと若い女の子が踊る恋の物語「スカートの糸」
彼と過ごした街を離れていく汽車の窓の外に思い出を流していく「恋しい」
全てがうまくいっていない33歳のOLが高校の時に好きだった男の子を思い出すという「青の額装」
そして、過去に思いを馳せていたOLの虚無を包み込む子守唄「coda」
その全てを破壊するサスペンスフルな「鑑」
デビューからの15年間で歌ってきた“命のやりとり”から離れ、
夢のように優しくてロマンチックなラブストーリー集となった本作のジャケットに彼女は、
“羊のなる木”という神話として語られている「バロメッツ」を描いた。
「羊のなる木を描きたいなと思って、タイトルよりも先にジャケを描いたんです。
後から意味を考えると、今までの安藤裕子としてやってきた音楽があって。
洗練された難しいコード進行で、贅沢なミュージシャンたちが集まってくれていた。
次の作品は全然違うことをやりたいって言ったら、誰も認めてくれないのかなと思ったけれど、
たとえ誰も信じてくれなくても、自分が信じないと進めない道があって。
それが、羊のなる木に似ていたんだと思う。誰も信じなくても、本当に木に生えている羊がいたのかもしれない。
みんなが否定したとしても、私はその可能性を閉じたくないっていう思いがあったし、
これからも音遊びと個人的な音探しの間を行き来しながら、
楽しんで音楽を作っていきたいなと思いますね」
TEXT:永堀アツオ
■■リリース情報
2020年8月26日(水)発売
タイトル:「Barometz」
通常盤
PCCA-04958/¥3,000(本体価格)+税
ご予約はこちら→https://lnk.to/Barometz_CD
Loppi・HMV限定盤
(豪華ハードカバーブック 特別パッケージ仕様)
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